- 住所・・・茨城県久慈郡大子町上野宮字真名板倉2134
- 山号・・・八溝山
- 宗派・・・天台宗
- 本尊・・・十一面観音立像
- 坂東三十三観音霊場第21番札所
創建
寺伝によると白鳳年間(7世紀後半)に役小角が開いた寺と伝えられる。
境内
観音堂といくつかの堂宇がある。八溝山の八合目にある。
逸話
- 大同2年(807年)空海が、本尊に空海の自作という十一面観音を祀り中興したと伝えられ[1]、永延3年(989年)には観音霊場のひとつとなった。
- 修験者などの行者が訪れ、坂東三十三観音霊場として不動の地位を得た。
- 文明年間(15世紀後半)には、本堂内に総欅造りの大伽藍、地蔵堂などの堂宇がそろった壮大な伽藍であったらしい。
- 朱印状7石を与えられ、徳川光圀も寺維持に協力した。寛永20年(1643年)に火災で伽藍は焼失し、万治3年(1660年)に再建される。
- 明治になり、明治13年(1880年)には山火事に遭い、本尊を残して焼失。現在、観音堂と数棟あるのみである。
十一面観音像
平安・鎌倉時代
室町時代
江戸時代
明治時代以降、現在まで
体験談
某旅行会社のバスツアーで行った。あまりにもアクセスが悪く、駅からタクシーで行くしかなく、それも30分もかかる山道を行くので、大変なため、ツアーとなった。ここが、福島県との県境の坂東三十三観音霊場の最大の難所であった。景色と空気はとてもよい。