興福寺こうふくじ

  • 住所・・・奈良県奈良市登大路町48番地
  • 山号・・・なし
  • 宗派・・・法相宗
  • 本尊・・・釈迦如来

創建

669年、藤原鎌足の妻・鏡女王が、山背国に山階寺(やましなでら)を建立したのが始まりとされる。
その後、672年に飛鳥へ移されて厩坂寺(うまやさかでら)と改称され、さらに平城京遷都に伴い、藤原不比等によって現在地へ移され、興福寺と名を改めた。

境内

訪れた際は五重塔が工事中であったため、南円堂から境内に入った。中央へ進むと南大門跡と中金堂があり、さらに進むと東金堂が見える。
東金堂の奥には国宝館があり、そこに安置されている阿修羅像は必見である。

逸話

興福寺は藤原氏の氏寺として発展し、春日大社とともに藤原氏の権勢を支える拠点となった。
中世には広大な荘園を有し、「南都北嶺」と称されて延暦寺と並ぶ大勢力として、朝廷や武家政権にも影響力を持った。
さらに大和国の守護的立場も担い、戦国時代に至るまでその勢力を維持した。

体験談

初めて訪れたが、歴史を学ぶ中で頻繁に登場する寺院であり、強い関心を持っていた。
実際に訪れて感じたのは、現在の境内だけが興福寺ではないということである。
かつては春日大社と一体となり、奈良公園一帯がその影響下にあったと考えると、その規模と権力の大きさに圧倒される。
興福寺の歴史的な重みと存在感を実感した。