- 住所・・・京都府京都市中京区高倉通御池上る柊町583−2
- 南北朝時代・室町時代初期
創建
詳細は不祥。1336年(建武3)に足利尊氏が室町幕府を開いたあとに建てられたと思われる。尊氏死後、等持寺となった。応仁4・文明の乱以後、 衰退したと思われる。
範囲
「三条坊門第」 のあった屋敷跡である。 南北250m、東西120mの土地だったと考えられている。
逸話
室町幕府の初期に観応の擾乱という幕府内の内乱が起きるきっかけが高師直が隣の足利直義を攻めようとしたが、直義は 尊氏の屋敷に逃げ込み、尊氏の調停で直義の落飾で一時、決着した。ここから内乱のきっかけになる。
体験談
この場所が私が夢まで見た歴史の舞台があったところである。旅行の最後にとっていた場所である。向かいには足利直義の 屋敷のあとがあると聞いていたのでこんな近くに大きな出来事があったというのは驚きです。大学時代、卒論で足利尊氏、 直義、高師直とこの三者が調べれば調べるほど後世の歪みがあり、誤解されているところである。古文書を丹念に調べれば、 分かることだけど尊氏は逆賊という汚名を着せられ、昭和の戦争が終わるまで研究がされなかった。今の世では考えられない 時代があったのです。私がこの時代の研究書を探すと南朝何々、後醍醐天皇何々という本はあるが、北朝、室町幕府というのが 書かれたタイトルはほとんどなかった。研究は自由にできるようになるべきです。