- 住所・・・ 京都府京都市中京区御池通高倉東入亀甲屋町594-1
- 南北朝時代・室町時代初期
画像は御所八幡宮のを使用
創建
1336年(建武3)に室町幕府が開かれているのでそれ以降だと思われる。足利尊氏と同時期と思われる。
範囲
良く分からないが、このあたりに屋敷があったと言われている。定かではない。もともと御所八幡宮はここではなく、通りを拡張するため 後世に移築されたと言われている。
逸話
南北朝時代の観応の擾乱の時、ここが足利直義の屋敷があったと言われており、その当時の足利尊氏の 屋敷が目の前にあり、観応の擾乱の時、高師直が直義を攻めた際、直義は尊氏 の屋敷に逃げ込み、高師直の軍勢は尊氏の屋敷を取り囲んだということが 史料にある。
体験談
足利尊氏の屋敷跡にも書いたが、この足利尊氏と直義は後世の研究により誤解をされている。それは江戸時代 には大日本史料の編纂で南朝方を正統の天皇だとされ、尊氏は逆賊だと言われていた。それが戦後まで続いた。 この研究史が今まで誤解されていた理由である。また、ここが直義の屋敷跡だとすると高師直は屋敷が今出川にあるから そこからここまで30分以上かかる。直義が気が付くことができるだろうか?今のように連絡手段がないわけだから、いくら 尊氏の屋敷が近いからといって、逃げ込めるものだろうか?分からない。ここも謎の一つである。