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霊巌れいがん

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19429 霊巌 れいがん 1554-1641 江戸時代前期の浄土宗高僧。字は松風、檀蓮社雄誉という。天文23年(1554)4月8日、駿河国沼津氏勝の三男として生まれる。永禄7年(1564)浄運寺増誉について出家後、下総生実大巌寺貞把に師事、天正2年(1574)五重を相承したが、貞把入寂後は虎角について戒脈を授かり、同15年大巌寺3世となった。18年上洛して倶舎・唯識を講じ、諸寺を建立して活躍したが、徳川家康の命令で大巌寺に再住した。慶長8年(1603)安房に退き、この後里見義隆・松平家信らの帰依を得て当地で諸寺を建立した。やがて諸国を遊化したが、寛永元年(1624)霊巌島に一宇を建立して学衆の教育を行なった。同6年知恩院32世となったが、18年火災後の知恩院を復興したのち、9月1日、88歳で入寂した。墓は知恩院にある。著書に『伝法指南』などがあり、弟子は大巌ら3000人を越えるという。